2018年09月02日

名門の将棋道場「八王子将棋クラブ」が、2018年12月閉所へ。存続へ有志の立ち上げを期待

 とても残念なニュースがありました。

 国民栄誉賞を授与された羽生善治(はぶ よしはる)現竜王をはじめ、中村太地王座(30)ら、数多くの棋士・女流棋士を輩出した名門の将棋道場「八王子将棋クラブ」(八王子市横山町)が、2018年12月末に閉所することがわかりました(><)

 閉所の理由は、オーナーの八木下征男(ゆきお、75歳)氏の体調不安と、八王子将棋クラブが入っているビルが2019年1月からリニューアル工事に入り、一度退去する必要が生じたからだそうです。

 あまたのトップ棋士を生んできた名門「八王子将棋クラブ」が、八王子市からなくなるのは、八王子にとって大きな損失だと思います。

 ぜひ有志が、「八王子将棋クラブ」をそのまま引き継ぐか、のれん分けしてもらい「八王子将棋クラブ」を存続させるべきです。

 貴重な八王子の伝統財産が、消滅することはぜひ避けるべきでしょう。今まさに有志の立ち上げを期待したいと思います。


【記事@】
羽生竜王生んだ名門「八王子将棋クラブ」が閉所…ビル老朽化と八木下席主の体調考慮
(2018年8月29日 スポーツ報知)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180828-00000294-sph-ent

1982年夏の八王子将棋クラブ。小6の羽生善治現竜王(前列左端)、後に十八世名人資格保持者となる森内俊之現九段(前列左から3人目)も同所を訪れていた
1982年夏の八王子将棋クラブ。小6の羽生善治現竜王.jpg

 将棋の羽生善治竜王(47)や中村太地王座(30)ら数多くの棋士・女流棋士を輩出した名門「八王子将棋クラブ」(東京都八王子市)が年内限りで閉所されることが28日、分かった。理由は、ビルの老朽化による改修と席主・八木下征男さん(75)の体調面。1977年のオープンから41年の歴史に幕を下ろすことになった八木下さんは、スポーツ報知の取材に「寂しいですが、良い人々に恵まれた良い人生でした」と語った。

 既に羽生竜王ら教え子の棋士たちにも閉所の事実を伝えた八木下さんは「寂しいですけど、遅かれ早かれ決断しなくてはいけないことでした。長く続けてボロボロになるより、今やめた方がいいと思いました」と決断に至る思いを語った。入居するビルが老朽化のため来年1月から改修工事に入ることに。さらに、週3回の人工透析を受けながら道場に立ち続けている八木下さん自身の体調を考慮し、閉所を決めた。

 将棋史を語る上で不可欠な場所となった「八王子将棋クラブ」は77年オープン。サラリーマンだった八木下さんが大好きな将棋を仕事にするため、一念発起して退社し、生まれ故郷に開所した。当時の将棋道場は大人のたまり場という側面もあったが、あえて完全禁煙にして子供が来やすい環境を整え、会報「八将タイムス」も発行。誰もが親しめる場所に育て上げた。

 開所の翌夏に訪れたのが将棋を始めて1年、7歳の羽生竜王だった。まだ初心者同然ながら、旺盛な好奇心に光るものを感じた八木下さんは、羽生少年のために通常の最下級「7級」より大幅に低い「15級」を設定。ステップアップする喜びを知った少年は急成長し、小6で棋士養成機関「奨励会」に入る頃には名人候補と呼ばれるようになっていた。「羽生さんは偉大で、素晴らしい人でもあります。羽生さんだけでなく、良い人々に巡り合えた良い人生でした」(八木下さん)。羽生竜王はクラブでの指導対局を毎年欠かしていない。

 96年に羽生7冠が誕生して道場の名が知れ渡ると、多くの子供たちが門を叩いた。中村王座、阿久津主税八段、村山慈明七段ら後の強豪たちが続々と巣立つ全国でも類を見ない名門になった。八木下さんは「去年、中村さんが羽生さんからタイトルを取って、阿久津さんがA級に復帰し、増田(康宏六段)君が新人王戦で連覇して、みんなが花を咲かせたことも決断する理由になりました」と明るい口調で語っていた。


【記事A】
羽生竜王の「原点」愛されつつ 八王子将棋クラブ閉店へ 中村王座・阿久津八段ら輩出
(2018年8月29日 朝日新聞)
https://digital.asahi.com/articles/DA3S13656459.html?_requesturl=articles%2FDA3S13656459.html&rm=150

八王子将棋クラブで開かれた大会の参加者ら。前列右が小学生の時の羽生竜王。その左は森内俊之九段。左手前が八木下征男さん=1982年3月、八木下さん提供
八王子将棋クラブで開かれた大会の参加者ら。前列右が小学生の時の羽生竜王.jpg

 少年時代の羽生善治竜王(47)、中村太地(たいち)王座(30)らが腕を磨いた八王子将棋クラブ(東京都八王子市)が12月末で閉店することになった。オーナーが体調がすぐれない中で続けてきたが、入居するビルの老朽化も重なって決断した。数々の棋士が輩出した有名道場が、40年余の歴史に幕を下ろす。

 JR八王子駅から徒歩5分。ビルの3階にある同クラブは、週末になると1日60〜70人が対局を楽しむ。オーナーの八木下征男(ゆきお)さん(75)は「羽生竜王が(タイトル独占の)『七冠』になった1996年頃が一番のブームで、1日100人ぐらい来た」と振り返る。

 八木下さんは77年、勤めていた会社を退職して同クラブを開いた。自身が常連だった八王子の将棋クラブがなくなったのを機に、一念発起した。「自分が残念な思いをしたので、将棋ファンが楽しめる場所を作りたかった」。その翌年に八王子将棋クラブに来たのが、当時小学2年の羽生少年だった。

 羽生竜王はここで腕を上げ、小学6年の時に小学生名人戦で優勝。中学3年でプロ入りを果たし、大きく飛躍した。その後も、名人挑戦権を争うA級順位戦に所属する阿久津主税(ちから)八段(36)、新人王戦2連覇などの実績がある増田康宏六段(20)らが巣立った。

 中村王座は小学2年の時に通い始めた。土日は、営業開始から夕方まで将棋を指し続けた。「対局の際のあいさつなど、マナーもここで学んだ。八木下さんは包み込むような優しさがある方。思い入れのある道場なので寂しい」

 八木下さんはクラブで子ども大会を開くなど、子どもの育成に力を入れてきた。30年ほど前に現在地に移転した際には、「子どもや女性が入りやすいように」という配慮でクラブを禁煙にした。最近は、高校生棋士藤井聡太七段(16)の活躍に伴う将棋ブームで、客の半数近くが子どもの時もあるという。

 八木下さんは人工透析を週3回受けるなど、近年は体調が思わしくないため、閉店は以前から考えていたという。入居するビルの改修工事に伴って、一度退去する必要が生じたことから、12月末で営業をとりやめることになった。今月、自ら発行するクラブの会報で常連客に伝えた。

 「未練はあるが、いつかはこういう時が来る。これだけ人が育って、プロとして大成したのはこの上ない喜びです」

 羽生竜王は「自分にとっても原点と言えるような道場。子供もたくさん訪れる場所で、とても残念です」と惜しんだ。(村瀬信也)
posted by 銀河流星 at 00:01| Comment(0) | 八王子カルチャー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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