2016年05月25日

「八王子 平和・原爆資料館」(八王子市元本郷町)の移転・活用を考える

 八王子市元本郷町に「八王子 平和・原爆資料館」があります。同館の所蔵品は約2千点に達しているそうで、運営委員らは八王子市に資料の管理と活用を求めていますが、実現していないとのこと。

 この貴重な資料を、八王子市平和教育に効果的に役立てるため、八王子駅南口の八王子医療刑務所跡地に整備されるライブラリーに「八王子平和・原爆文庫」コーナーを設け、積極的に活用することを提案します。

八王子医療刑務所跡地の文化複合施設(公園・ミュージアム・図書館等)の整備は、民間活力を導入へ
http://welovehachioji.seesaa.net/article/430223133.html

 八王子市には、ぜひ検討をお願いしたいですね。


【記事】
八王子で学ぶ被爆の悲惨さ 吉永小百合さん会員
平和・原爆資料館
(2016年5月25日 東京新聞 夕刊)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201605/CK2016052502000238.html

オバマ大統領の広島訪問への思いを語る上田紘治さん=東京都八王子市で
八王子 平和・原爆資料館.jpg

 東京都八王子市に「八王子 平和・原爆資料館」がある。知る人ぞ知る存在だが、年会費を払って資料を借りられる会員には俳優の吉永小百合さんも名を連ねる。「広島や長崎に行かなくても、東京で原爆のことを学べる場」にしようと努力している運営者らは、オバマ米大統領の広島訪問に「核兵器のない世界を実現する第一歩に」と期待する。 (村松権主麿)

 原爆で亡くなった中学生の制服、泡立つように焼けた瓦−。三十平方メートルの館内には、当時の惨状を物語る展示品や写真、書籍などがぎっしり詰まる。

 一九九七年七月、市役所(同市元本郷町三)に隣接するビルの二階に開館した。基になった約四百点の資料は、広島で被爆した元日本新聞協会職員、永町敏昭(としてる)さん=二〇一三年に八十六歳で死去=が四十年以上かけて集めたものだ。

 永町さんは中国新聞の記者だったが、若いころに病気で退職し上京。三十一歳で協会に入り、日本プレスセンターの専務なども務めた。住んでいた八王子市に資料館の開設を求めたがかなわず、市内の被爆者の会などの尽力で民間運営で開館にこぎ着けた。その後、資料の寄贈が相次ぎ、今では所蔵品は約二千点に増えた。同会などが運営に当たり、中高校生や教育関係者など年間百人ほどが訪れる。

 資料館の共同代表、上田紘治さん(74)は原爆投下の数日後、母に連れられ爆心地近くの自宅に戻り、被爆した。高校卒業後に上京し、五十代半ばで会に参加。資料館の運営委員を任された。

 被爆者として国内外で講演もする。米国では、日本軍によるハワイ・真珠湾攻撃について必ず質問を受ける。「申し訳ない」と謝罪した上で「そのことと、原爆を使っていいかは別問題」と問い掛ける。そして、母親や原爆を直接体験した人たちの話を基に当時の惨状を説明し、被爆者の心の傷、健康への影響などを語り、平和の尊さも訴えている。

 オバマ氏には、広島で被爆者に会ってほしいと願う。「あの日起きたことや、被爆者らの生涯に思いをはせ、二度と被爆者を出さないよう、核兵器廃絶に踏み出すリーダーシップを発揮してほしい」

 別の共同代表で元市職員の杉山耕太郎さん(65)は「世論など、いろいろな障害を乗り越え、広島に行くことは素直に感謝したい」と喜ぶ。直接的な「謝罪」は求めないが、「原爆を落とした国の大統領の訪問は、言葉が出なくても謝罪だ」と受け止める。

<八王子 平和・原爆資料館> 開館日は水・金曜の午前10時〜午後4時。年2000円の会費を払うと、資料を借りることができる。会員数は約60人。運営委員らは現在も市に資料の管理と活用を求めているが、実現していない。問い合わせは=電042(627)5271=へ。
posted by 銀河流星 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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