2015年10月08日

八王子市出身の肥沼信次(こえぬま のぶつぐ)医師とドイツのヴリーツェン市の絆が絵本に。『ヴリーツェンの風のなかで』出版

 以前ブログで【ドイツで伝染病撲滅に命を捧げた「肥沼信次」医師】を紹介しました。
http://welovehachioji.seesaa.net/article/219326926.html

 八王子市出身の肥沼信次医師とドイツヴリーツェン市の絆を描いた絵本『ヴリーツェンの風のなかで』(文・なかむら ちゑ、絵・安藤 香子)が、2015年8月5日開発社から出版されました

ヨドバシ.com
http://www.yodobashi.com/%E3%83%B4%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%84%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%81%AE%E9%A2%A8%E3%81%AE%E3%81%AA%E3%81%8B%E3%81%A7-%E5%8D%98%E8%A1%8C%E6%9C%AC/pd/100000009002435529/
ヴリーツェンの風のなかで.jpg

 ところで、絵本の著者であるなかむら ちゑ(本名 中村進一)さんが、今もヴリーツェンの人々に敬われている肥沼医師がどのような人だったのかを多くの子どもたちに知ってほしいと、市内全小・中学校や児童館などへ絵本を寄贈しました。

 とても素晴らしい行動ですね。絵本が数多くの子どもたちに読まれ、感動を与えてくれることを期待します。

【記事】
絵本「ヴリーツェンの風のなかで」の寄附受領式を実施
八王子市出身の肥沼信次医師とヴリーツェンの絆を絵本に
(2015年10月6日 八王子市プレスリリース)
http://www.city.hachioji.tokyo.jp/dbps_data/_material_/localhost/soshiki/kochokohoshitsu/koho/H27/1006.pdf

 右田病院(八王子市)に長期にわたり勤務し、同時に日本医科大学助教授として指導にあたられた中村進一氏が、第二次世界大戦後の荒廃の中、ドイツで伝染病治療に尽力した八王子出身の 肥沼信次(こえぬま のぶつぐ)医師を描いた絵本「ヴリーツェンの風のなかで」を作成した。

 今もヴリーツェンの人々に敬われている肥沼医師がどのような人だったのかを多くの子どもたちに知ってほしいと、市内全小・中学校や児童館などへ絵本を寄贈していただいたため、下記のとおり寄附受領式を行う。

                  記

1 日時 平成27年10月15日(木) 午後3時から
2 場所 市長応接室(市役所3階)
3 寄贈先 市内小学校(70校)・中学校(38校)、児童館(12館)、地区図書室(17室)、市立図書館(6館)
4 寄贈冊数 143冊
5 著者略歴 なかむら ちゑ(本名 中村進一)
  昭和15年10月31日生まれ 74歳
  昭和42年3月 日本医科大学卒
  昭和43年5月 同大学医科助手に任命され皮膚科学教室勤務
  平成10年 退職(助教授)

〜肥沼 信次(こえぬま のぶつぐ)医師について〜
 肥沼信次氏は、広く人類の役に立つ医学研究者を志して日本医科大学卒業後にドイツへ留学。東洋人では初めてベルリン大学の正教授資格を取得した。第二次世界大戦中もドイツに留まり、終戦後、荒廃したヴリーツェンという町で発疹チフスの治療にあたり、その後、自身も病にかかり37歳の若さでこの世を去った。
 ヴリーツェンの人々は、博士の献身的な人命救助活動を決して忘れることなく、その功績を讃え、1994年7月にはヴリーツェン市の名誉市民として「記念銘板」に刻まれ、今なお人々から敬われている。

【記事A】2015/10/16追記
肥沼博士の業績絵本に
(2015年10月16日 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/local/tokyotama/news/20151015-OYTNT50313.html

自作の絵本を手にするなかむらさん
肥沼信次の絵本.jpg

 第2次世界大戦後、旧ソ連占領下のドイツで伝染病患者の治療に力を尽くし、自らチフスにかかって死亡した八王子市出身の医師肥沼信次(こえぬまのぶつぐ)博士(1908〜46年)について、医師で著述家なかむら・ちゑ(本名・中村進一)さん(74)が絵本にまとめ、同市に143冊を寄贈した。なかむらさんは「絵本を手にとってもらい、子供たちに肥沼医師のことを知ってもらいたい」と期待を寄せている。

 肥沼博士は現在の八王子市中町にあった医院の長男として生まれ、東京府立二中(現立川高校)から日本医科大に進んだ。1937年、ベルリン・フンボルト大学放射線研究所客員研究員になり、博士号と東洋人初の教授資格を取得。ドイツ敗戦後は旧ソ連軍の命令でベルリン近郊の古都・ウリーツェンで、発疹チフスなどの流行に苦しむ避難民や住民の治療に取り組んだが、46年3月、チフスで37歳で死去した。

 博士の昼夜を問わない献身的な治療がウリーツェンの市民の間で語り継がれ、今も敬愛されていることを、画家の横尾龍彦さん(87)(埼玉県秩父市)がドイツ在留中に知り、日本に伝えたことなどで業績が知られるようになった。

 2000年には横尾さんの呼びかけに応じた八王子市医師会などが資金を集め、ウリーツェン市中心部の広場に顕彰碑を建てた。博士が愛した日本のサクラも植樹された。青少年柔道大会は「肥沼杯」と名前が冠され、住民の命をつないでくれた恩人への感謝を、子供たちに伝える努力が続いているという。

 絵本は「●リーツェンの風のなかで」で、博士と今も博士を慕う人々らの絆を描いた。八王子市内の小中学校、図書館などに計143冊が寄贈され、15日、同市役所で受領式が行われた。

 なかむらさんにとって、肥沼博士は日本医科大の先輩にもあたり、「日本医科大の前身を修了した野口英世博士は有名だが、肥沼博士は知られていない。現地にとどまって治療に専念したのは立派」と話した。絵本を受け取った石森孝志市長は「市制100周年を迎えるにあたり、ウリーツェン市と行政、市民の交流も考えたい」と応じていた。

(●はヴの小文字)

--------------------------------------------------------

PS:昨日2015年10月7日(水)、ブログ訪問者数2,810と過去最高になりました(アクセス数最高は12,868)。皆様に感謝いたします。10月7日スーパーバリュー八王子高尾店のオープンであったため、その関連記事に訪問された方が圧倒的でした。
posted by 銀河流星 at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック