2014年08月12日

UR都市機構 技術研究所「集合住宅歴史館」(八王子市石川町)

 皆さん、八王子市石川町UR都市機構 技術研究所があるのをご存知ですか?

UR都市機構 技術研究所 http://www.ur-net.go.jp/rd/02_information/
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 同研究所には様々な施設があるのですが、特に「集合住宅歴史館」は、昭和30年代の「公団住宅」のほか、建築史的に価値の高い同潤会のアパートメント事業の「代官山アパート」等を移築復元し、集合住宅技術の変遷をたどる展示公開を行っています。

 建築に興味のある方ならぜひ、そうでない方も昭和の建築物を見学して往時をしのんでみてくださいねわーい(嬉しい顔)

UR都市機構 技術研究所「集合住宅歴史館」http://www.ur-net.go.jp/rd/history/
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80年以上にわたって蓄積され受け継がれた近代集合住宅の歴史と技術がここに
日本におけるRC集合住宅の歴史も80年を超え、これまで親しまれてきた建物も解体建替が行われる状況です。集合住宅歴史館では、昭和30年代の「公団住宅」のほか、建築史的に価値の高い同潤会アパートの住戸等を移築復元し、集合住宅技術の変遷をたどる展示公開を行っています。
展示移築建築物:蓮根団地・晴海高層アパート・多摩平団地・代官山アパート

東京都三多摩公立博物館協議会公式サイト 集合住宅歴史館 http://tamahaku.jp/annai/

【記事】
集合住宅誕生物語-当時の暮らしに思いをめぐらせながら
(vol.027 住まいと暮らし「今と昔」)
http://www.37sumai.com/special/27_pcup/story02_01.html

代官山アパート
竣工: 昭和2(1927)年
所在地:東京都渋谷区
構造:RC造3階建
住戸:単身者用:約13m2 世帯用:約28m2
間取り: 単身者用 6畳+寝台、世帯用 6畳+4.5畳+台所+水洗トイレ

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 同潤会のアパートメント事業として、わが国最初期の鉄筋コンクリート(RC)造集合住宅のひとつ。東京と横浜に16箇所建てられた同潤会アパートの中でも最大規模を持っていた。世帯向け住棟と、単身者向け住棟があり、敷地内には食堂や銭湯などの共用施設も充実していた。単身者向けの住戸は、和洋の生活に対応するため、居室の床が、コルクの上に薄縁を敷いた仕上げとなっている。トイレ、洗面は共同だったが、小さいながらも、ガス栓が設けられている。

 ガラス窓の上部には、換気のための小窓を付けるといった配慮も見られる。対して世帯用住戸には、水洗便所や洗面所が完備されており、土間の台所にはガスコンロや流し台なども備え付けられていた。ゴミは台所に設置されたダストシュートから捨てられるようになっており、収集してそのまま焼却炉で燃やすという仕組み。世帯用住戸の脇には避難用縄梯子を備え、さらに玄関扉には鉄板を巻くなど、地震や火災への対策も取られていた。

蓮根団地
竣工:昭和32(1927)年
所在地:東京都板橋区
構造:RC造3、4階建  住戸:約33m2
間取り:ダイニングキッチン+6畳+板敷付き4.5畳+浴室+水洗トイレ

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 「食寝分離」を、公団住宅の代名詞ともなる「ダイニングキッチン(DK)」というスタイルで実現させた、最初期の集合住宅で、戦後住宅の原型ともなった。流し台は人造石研ぎ出しタイプ。ステンレスの流し台が同じ年に開発されたが、この団地には間に合わなかった。

 また、当時の公営住宅にはなかった備え付けの浴槽があらかじめ設置されており、これは公団住宅の付加価値を高めたともいわれる。新しい生活スタイルを促すため、当時はあまり多く市販されていなかったテーブルも備え付けられた。居室の床は畳敷になったが、住戸の面積が国によって定められていたため、畳のサイズは現在のものより小さい。

 住戸を安く、早く大量に供給するため、部材には簡素なものが使われている。続々と建設された、こうした団地での、家電製品に囲まれた核家族の暮らしぶりは、「団地族」として、一種の社会現象にもなった。

多摩平団地 テラスハウス
竣工:昭和33(1958)年
所在地:東京都日野市
構造:ブロック造2階建  住戸:約42m2
間取り:1階 ダイニングキッチン+4.5畳+浴室+水洗トイレ、2階 板敷付き6畳+板敷付き3畳
専用庭:約30m2

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 テラスハウスとは、専用庭を持つ長屋建ての低層集合住宅のことで、昭和30年代、主に郊外で建設された。低層で構造上の制約が少ないため、様々な工法の模索が行われた。1階にあるキッチンの流し台は、KJ(公共住宅)型と呼ばれる公共住宅用に規格化されたタイプ。こうした規格部品の開発も、住戸の大量供給を担っていた公団にとって切り離すことのできない重要な意味を持っていた。2階の居室には、階段側に無双窓が設けられ、階段によって空気の流れを遮らないように工夫されている。このころの公団住宅は、南面に並行して建てられたため、北側の窓には、目隠しとなる障子が取り付けられ、同時に断熱性を高めることにもつながっている。

 奥行き9mの広い庭は、居住者による植栽などで彩られ、居住者間では垣根越しのコミュニケーションが育まれた。

晴海高層アパート
竣工:昭和33(1958)年
所在地:東京都中央区
構造:SRC造10階建
住戸:非廊下階住戸 約39m2、廊下階住戸 約30m2
間取り:非廊下階住戸 ダイニングキッチン+変形4畳×2+浴室+洋式水洗トイレ、廊下階住戸 ダイニングキッチン+変形4畳×2+浴室+洋式水洗トイレ

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 公団が携わった高層集合住宅としては、最初期のもの。設計は日本を代表する建築家、前川國男氏が行った。将来の住戸規模の拡大を容易にする可変性を持つなど、現代の建築技術にも通じる構造を持っていた。こうした合理性の追求は、従来の寸法にとらわれない縦長の畳の採用をしていることなどにも表れている。
当時、各住戸にまだ電話は普及しておらず、廊下階に共用の電話が設置されていた。電話交換手が常駐し、各住戸に設置されたブザーを介してやりとりを行った。
 住戸内部は、欄間部分にガラスが入っており、これは天井に一体感を持たせ、空間を広く明るく見せる効果があった。トイレは1960年から正式採用された洋式便器。また、流し台には、ステンレスをプレス加工したものが初めて採用されている。

 晴海高層アパートは、3、6、9階だけに共用廊下があり、これにより住戸は「廊下階住戸」と「非廊下階住戸」に分かれる。共用廊下を減らすことで、共用部面積を少なくし、非廊下階住戸のプライバシーや採光を確保している。共用廊下は、人が集まったり、子どもが遊んだりできるようにと配慮され、幅が広く取られている。棟内に設置されたエレベーターは、この共用廊下のある階だけに止まり、非廊下階住戸へのアクセスは、廊下階から階段を使ってのアクセスとなる。こうした構造はコスト削減にも有利に働いたが、内部を複雑にすることにもつながったため、棟内には案内板も設置された。
posted by 銀河流星 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アート・展示会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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