2011年08月06日

ドイツで伝染病撲滅に命を捧げた「肥沼信次」医師

 八王子市出身の医師で、第二次世界大戦末期から戦後にかけて、ドイツ・ベルリン近郊のウリーツェン市で多くの命を救った肥沼信次医師(1908〜46年)。その縁で、八王子高校と姉妹校の聖ヨハネルーテル高校から東日本大震災の義援金が同校に届きました。
 肥沼信次医師はドイツの教科書にも掲載されているとのこと。このような立派な人物が八王子市出身であることを市はもっとアピールしても良いのではないでしょうか。

【新聞記事】
「恩返しの義援金」 ドイツから被災地中学校に(東京新聞 2011年8月6日)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/20110806/CK2011080602000044.html

第二次世界大戦末期から戦後にかけて、ドイツ・ベルリン近郊のウリーツェン市で多くの命を救った八王子市出身の肥沼信次医師(1908〜46年)への恩返しにと、現地の聖ヨハネルーテル高校が生徒や市民から東日本大震災の義援金として集めた6900ユーロ(約76万円)を、姉妹校の私立八王子高校に託した。 (加藤益丈)

ドイツから送られた手紙を見せる八王子高校の佐藤校長=八王子市で
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 肥沼医師は八王子市の開業医の長男として生まれた。旧府立二中(現都立立川高)などを経て三七年からドイツに留学し、放射線医学の研究者として成果を挙げた。大戦末期にウリーツェン市に移り、ポーランドから引き揚げてきた市民の治療にあたった。

 戦後の混乱や医薬品不足の中、肥沼医師は献身的に伝染病患者らを救い続けたが、自らも伝染病で三十七歳の若さで死亡。現地の墓石には「伝染病撲滅のため自らの命をささ(捧)げた」と刻まれ、ドイツの教科書でも紹介されているという。

 八王子高は二〇〇七年、地元ゆかりの肥沼医師の業績などを学ぼうと、生徒が聖ヨハネルーテル高を訪問。〇九年には同校の生徒が八王子を訪れ、両校は姉妹校となった。

 大震災について三月中旬、聖ヨハネルーテル高の校長から、被災地への深い悲しみをつづった手紙が届いた。その後、現地で生徒が小遣いを節約したり、保護者や学校関係者からの寄付を募るなどして義援金が集められ、先月、「被災地に直接届けたい」との要望とともに送られてきた。

 八王子高には被災地の岩手県釜石、陸前高田、大船渡の三市の中学校出身の生徒がいたことから、義援金は三中学校に送った。佐藤寛文校長は「ドイツの人々が六十年前の恩を忘れないことに驚くとともに、ありがたい気持ち」と話していた。

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posted by 銀河流星 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 八王子ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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