2020年01月05日

酒蔵「直営」の「蔵人 舞姫」が、3月中旬オープン

 八王子の居酒屋と、長野県上諏訪にある酒蔵「舞姫」がタッグを組んだ新しいお店「蔵人 舞姫」が、2020年3月中旬オープンします(^^)

 酒蔵「直営」なので、こだわりの日本酒がズラリ揃っているそうです。また、お酒に合う海産物や長野県の郷土料理、八王子市の"旬"の食材など、こだわりメニューがたくさん!

 求人情報には、場所の詳細はなかったですが、八王子駅近くにオープンすると思われます。楽しみですね(^^)

蔵人 舞姫|求人情報 マイナビバイト
https://baito.mynavi.jp/cl-002059806298/job-36085066/
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<明日へ2020>(3)純八王子産の酒造り NPO法人「はちぷろ」・鶴田隆一さん(58)、西仲鎌司さん(39)
(2020年1月4日 東京新聞)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/list/202001/CK2020010402000111.html

高尾の天狗を手にする西仲さん(右)と鶴田さん=八王子市元横山町で
高尾の天狗を手にする西仲さん(右)と鶴田さん=八王子市元横山町で.jpg

 かつて、八王子市内では酒蔵(さかぐら)が競い合うように日本酒を造っていた。「酒蔵を復活させたい。それだけでなく、八王子産のコメで酒を造りたい」。そんな思いが、地元で広がっている。中心にいるのは、NPO法人「はちぷろ」代表理事の西仲鎌司さん(39)と鶴田隆一さん(58)の二人だ。

 「地酒復活プロジェクト」は東京五輪・パラリンピック開催が決まった二〇一三年に始動した。酒の銘柄は早々に、「高尾の天狗(てんぐ)」に決まった。

 「八王子といえば『高尾山』だが、その銘柄は既にあり、高尾山と言えば『高尾天狗』、それよりも『高尾の天狗』がいい、となった」。ラベルには、高尾山腹にある薬王院の第三十二世貫首(かんす)の大山隆玄さんに揮毫(きごう)してもらうことになった。

 一四年、任意団体「はちぷろ」を組織し、長野県諏訪市の酒造会社「舞姫」を買い取って、西仲さん自らが蔵元になった。ただし、八王子産のコメを持ち込んでも、長野で造った酒は「八王子産」ではない。

 こだわるには、わけがある。「『地元産の酒』という夢は、ずっと父が抱いていた」と西仲さん。父徳次さん(74)は、西仲さんが現在、取締役を務める業務用の酒類飲料販売店「河内屋」の二代目。「口には出さなかったが、数十年前から構想を描いているのを感じていた。『酒造り』は必然の流れだった」

 十九歳で、河内屋に就職して長年、販売を担当してきた鶴田さんも、徳次さんの思いを知る一人だ。「随分鍛えられました。大上司であり、おやじであり、怖かったけど。その恩返しという意味もあります」。飲食店や行政とのつながりを買われ、「地域ぐるみで進めるため、協力してほしい」と西仲さんに誘われて、はちぷろに参加した。

 目指すは、東京五輪開催前の酒蔵オープン。だが、平たんな道ばかりではなかった。八王子市高月町の農家に「酒米」の生産を依頼したが、「飯米」に比べて背が高くて倒れやすいと、切り替えに抵抗感を持たれた。

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 西仲さんは家族を連れて、農作業の手伝いに足を運んだ。思いは次第に伝わり、一軒の農家が酒米を栽培してくれることになり、酒蔵は長野だったが、一五年に「高尾の天狗」第一号ができあがった。

 田植えから稲刈り、新酒の仕込み体験、新酒を楽しむ会までを市民と手掛ける「はちぷろ」の原型ができた。その後、協力してくれる農家が増え、現在は十軒ほどに。昨秋の稲刈りには、市民や大学生ら二百人が参加した。

 一八年十二月、「はちぷろ」はNPO法人になった。高月町に酒蔵を建て、酒蔵を中心に、農家レストランや交流広場、レンタサイクルステーションなどを整備する青写真もできてきた。蔵造りに専念しようと、鶴田さんは昨年七月に河内屋を退職した。「ずっとお世話になってきたので、さみしい思いはありましたね」

 今年中に高月町で酒蔵を完成させるつもりでいるが、許認可などの関係で難しく、八王子産「高尾の天狗」の完成は来年以降になりそう。そのため、まずは先に販売体制の整備に力を入れる。今年は、都内の流通経路を開拓し、昨年の倍の一升瓶換算で二千本の販売を目標としている。 (布施谷航)

昨年9月、市民も参加した酒米の収穫=八王子市高月町で
昨年9月、市民も参加した酒米の収穫=八王子市高月町で.jpg

◆市内の酒蔵 復活目指す

 八王子市史によると、八王子宿には元禄十五(一七〇二)年の時点で、豊富な地下水を利用した造り酒屋が二十軒あった。「日出山(ひのでやま)」「高尾山」の銘酒を造っていた中島酒造や「社会冠(しゃかいかん)」「月丸」の銘柄で知られた西岡酒造は、江戸時代後期から近年まで酒造りに携わってきた。

 しかし、衛生基準が厳しくなったほか、日本酒離れなどの影響により、市内の酒蔵は二十年ほど前から次々と消えていった。最後の酒蔵となった中島酒造は二〇一二年、販売を終了した。現在、「高尾山」や「桑乃都(くわのみやこ)」「八王子 千人同心」など一部の銘柄は、市外で酒造りを続けている。
posted by 銀河流星 at 23:59| Comment(0) | ニューオープン情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする