2015年10月31日

将棋の元奨励会三段・天野貴元(あまの・よしもと)さんの遺作となった『オール・イン 実録・奨励会三段リーグ』(宝島社)

 八王子市出身で、将棋の元奨励会三段・アマチュア強豪の天野貴元(あまの・よしもと)さんが、2015年10月27日に逝去しました。わずか30歳の短すぎる人生です。謹んで心から冥福をお祈りしたいと思います。

 天野貴元さんは、奨励会での体験をつづった著書『オール・イン 実録・奨励会三段リーグ』(宝島社)で、第26回将棋ペンクラブ大賞文芸部門大賞を受賞しています。

第26回将棋ペンクラブ大賞 https://shogipenclublog.com/blog/2014/07/23/penclub-3/

 故人を偲びながら、ぜひご一読ください。

アマゾン
http://www.amazon.co.jp/オール・イン-~実録・奨励会三段リーグ-天野-貴元/dp/480021937X
オール・イン 実録・奨励会三段リーグ.jpg

 プロ棋士を目指す若者たちが人生をかけた戦いを繰り広げる「奨励会」。羽生善治を輩出した名門・八王子将棋クラブ出身で、小学生名人戦で準優勝した著者は、16歳で三段に昇段したものの、ついにプロ=四段になれず、26歳で年齢制限により退会を余儀なくされた。失意のうちに漂流していたその1年後、今度は舌がんの診断を受け、完全に将棋の夢が断たれてしまう。15年以上にわたる苦悩の青春と、当事者が見た過酷な奨励会の世界を本人が赤裸々に振り返る。

【記事】
元奨励会三段・天野貴元さんの生き様
(2015年10月30日 スポーツ報知)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151030-00000075-sph-soci

30歳の若さで死去したアマ強豪の天野貴元さん
元奨励会三段・天野貴元さん.jpg

 舌がんと闘病しながら棋士になる夢を追い続けた将棋の元奨励会三段でアマチュア強豪の天野貴元(あまの・よしもと)さんが27日、亡くなった。わずか30歳の短すぎる生涯だった。

 舌がんと闘病しながら棋士になる夢を追い続けた将棋の元奨励会三段でアマチュア強豪の天野貴元(あまの・よしもと)さんが27日、亡くなった。わずか30歳の短すぎる生涯だった。

 将棋担当をしている私が天野さんと対面したのは昨年9月、第26回将棋ペンクラブ大賞贈呈式の壇上が最初で最後だった。奨励会での体験をつづった著書「オール・イン」で文芸部門大賞を受賞した天野さんと名刺交換をすると、彼は微笑みながら「本日は…受賞…誠におめでとうございます…」と自らの声で観戦記部門で大賞を頂いた私に祝福の言葉を掛けてくれた。私も同じ言葉を返すと、天野さんは大きく笑って右手を差し出してきた。

 舌の大部分を切除して発声が不自由になっていた天野さんだったが、可能な限り自分の声で自分の言葉を発しようとした。森内俊之竜王(当時)の隣でマイクに向かった受賞者あいさつでは「私は…森内先生のようには…なれませんでしたが…普及の世界で…名人と呼ばれるような存在になりたいです…」と来場者に思いを告げた。

 1985年、東京都八王子市で生まれた天野さんは96年、棋士養成機関「奨励会」入会。当初から天才の呼び声高く、弱冠16歳で三段に昇段したが、年齢制限の26歳までに四段(棋士)昇段することができず、2012年に退会を余儀なくされた。

 その後、舌がんを発症したが、闘病を続けながらアマ棋戦で活躍した。昨年にはアマ6大タイトルのひとつ「赤旗名人」を獲得し、奨励会三段リーグ編入試験を受験。再び挑んだ夢にはまたしても届かなかったが、アマ棋戦には出場し続けた。

 がんの転移が分かっても、入退院をしても、歩行さえ不自由になっても、盤に向かい、真剣勝負に挑んだ。6月の「関東アマ名人戦」では優勝を果たしている。8月、自身のツイッターに「将棋の良いところは、体がどんどんボロボロになっていっても脳さえしっかりしていれば半永久的に指せること」とつづった。

 将棋ペンクラブの会報誌に天野さんが寄稿した「受賞のことば」を、ぜひ多くの人に読んでもらいたい。許可を得た上で以下に転載する。
 

 失うことによって手に入れたもの 

       天野貴元

 私にとって「プロ棋士」という職業は「もしなれたらいいのになあ」といった手の届きそうもない遠い夢ではなくて、確実で具体的な自分の未来像として存在していたものでした。

 プロ棋士になるということは、夢や憧れではなく自分に課せられた絶対的な使命であって、高校にも行かず、将棋一本に賭けてきたのもそれを固く信じていたからです。

 それだけに、プロ入りすらかなわなかったという結末は、私にとって予想だにしない、受け入れがたい痛恨でありました。

 大きな目標を失った私が直面した問題は、将棋が強いということ以外に何も取り柄のなさそうな自分が、これからどうやって生きていけばよいのかという切実な問題でした。

 「人間が生きていくうえで、将棋が強いことにどんな意味があるんだろう」。いまもってその問いに対する明快な答えは分かりませんが、少なくとも自分が奨励会でやってきたことがすべて無駄に、台無しになったということはない。それを私に教えてくれたのが「がん」の経験だったと思います。

 奨励会退会から約1年後に「舌がん」の宣告を受け、その後「生きる」という新しい目標に向かって、私はいま最新の治療を受けています。

 正直なところ、現在の形勢はあまり良くないと見ていますが、どのような局面であっても最善手を模索するメンタル面の重要性は、将棋が私に教えてくれたことのひとつでした。

 あの厳しい三段リーグに10年も身を置いた人間が、これしきのことで簡単に投了することはできない。そう考えれば、将棋に学んだことは、本当の意味で私の力になっているのです。

 残念ながら、私はプロ棋士になって自らの将棋でファンを楽しませることはできませんでした。しかし、そのかわりにこうして本を出すことができ、このたび思いがけず価値のある賞をいただくことができました。

 何かを失うことによって、自分が思ってもみなかった別の人生を手に入れることもあるということを、私はこの本を出したことによってはじめて知ったような気がします。

 いつ何時でもいい、「将棋の世界にもこんな奴がいたんだな」と、どこかで誰かに思っていただけたら、それは私にとって最高の救いです。

 何者でもない私の本を、高く評価してくださった方々に、この場を借りて深く感謝いたします。そして本書が、ひとりでも多くの方々が「将棋」に興味を持つきっかけとなることを願ってやみません。

 天野さんの通夜は31日午後6時から、葬儀・告別式は1日午後0時30分から八王子市の宝泉寺別院で営まれる。同じように将棋に魅せられた者として、私も別れを告げに行く。(北野 新太)

【記事A】
アマチュア棋士の天野貴元さん死去 闘病中も大会出場
(2015年10月27日 朝日新聞)
http://www.asahi.com/articles/ASHBW45GCHBWUCLV004.html

静岡県熱海市の将棋大会で優勝した天野貴元さん。体調が許す限り、各地の大会に出場して活躍していた=2014年1月
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 がんと闘いながら将棋のプロ棋士をめざしたアマチュア強豪の天野貴元(よしもと)さんが27日、亡くなった。30歳だった。「何事もあきらめない」。将棋で学んだ思いを胸に、盤に向かい続けた。

 今月11日、さいたま市での大会に、車いすで出場した。全身の痛みを和らげる薬を飲み、意識はもうろうとしていた。指そうとしても指が動かせず、時間切れ負け。その日のうちに入院し、最後の大会となった。

 「なにがなんでも大会に出て将棋を指したいと本人の意志は強かった」と、父親の良夫さん(67)。入院後は意識が混濁する中、時に棋譜を口にしたという。

 6歳で将棋を覚え、羽生善治名人らが輩出した東京・八王子の道場で腕を磨き、10歳で棋士養成機関「奨励会」に入会。16歳でプロ四段まであと一歩の三段に。周りも「プロ入りは間違いない」と見ていた。しかし、半年で上位2人がプロになれる三段リーグ戦を勝ち抜けず、2012年3月、26歳の年齢制限で退会となった。

 夢破れた天野さんをさらに試練が襲う。1年後、舌がんが見つかった。進行度は最悪のW。手術をしたが、昨年春に再発。「余命は1年」と告げられた。それでも大会には出続けた。治療では「頭がクリアにならない」と抗がん剤は拒否し、体重は30キロ台まで落ちた。

 手術で舌の大部分を切除し、会話は筆談だった。将棋への思いや闘病生活の様子をユーモアを交えてブログやツイッターで発信し、著書「オール・イン」は将棋ペンクラブ大賞に輝いた。天野さんは取材の際にこう書いたことがある。「何事もあきらめない強い気持ちを将棋から学んだ」

 昨年11月には赤旗名人戦で全国優勝し、三段リーグの編入試験の資格を獲得した。しかし、試験は不合格。夢はかなわなかった。

 小学1年から道場で鍛え合った長岡裕也五段(30)は「同年代で彼は一歩先を行く存在。プロになれなかったのは残念だが、がんになってさらに人間として強くなった」と惜しんだ。

   ◇

 通夜は31日午後6時、葬儀は11月1日午後0時30分から東京都八王子市館町311の宝泉寺別院で営まれる。(深松真司)

【記事B】2015/11/1追記
元奨励会三段・天野さんの告別式に150人
(2015年11月1日 スポーツ報知)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151101-00000175-sph-soci

数々の思い出の品が展示された
元奨励会三段・天野さんの告別式に150人.jpg

 10月27日に多臓器不全のため30歳で死去した将棋の元奨励会三段でアマチュア強豪の天野貴元(あまの・よしもと)さんの葬儀・告別式が1日、東京都八王子市の宝泉寺別院で営まれた。約400人が訪れた通夜に続いて約150人が参列した。

 がんと闘いながら棋士になることを目指し、亡くなる直前までアマチュア棋戦で戦い続けた天野さんに別れを告げるため、多くの棋士、女流棋士ら将棋関係者が足を運んだ。トロフィーや賞状、写真などを展示するコーナーが設けられ、棺には将棋の駒が納められた。

 喪主を務めた父親の良夫さん(67)は、あいさつで「ちょうど息を引き取る9時間くらい前、不思議なことに貴元の意識が非常に明晰(めいせき)になり、親子3人で幼い頃の思い出をしました。貴元は『海外で将棋を普及したい』という夢を語ってくれました。それから、しばらく目を閉じていました。そして目を開けると、死を悟ったのでしょうか。『生んでくれてありがとう。30まで生きて良かったよ』と言ってくれました。そう言ってくれたのも、皆様方の温かいご厚情があったからこそと思います。心より、皆様方に御礼を申し上げます」と声を震わせながら参列者に感謝を述べた。

 東京都八王子市生まれの天野さんは96年、棋士養成機関「奨励会」入会。当初から天才の呼び声高く、弱冠16歳で三段に昇段したが、年齢制限の26歳までに四段(棋士)昇段することができず、2012年に退会を余儀なくされた。その後、舌がんを発症したが、闘病を続けながらアマ棋戦で活躍した。昨年にはアマ6大タイトルのひとつ「赤旗名人」を獲得し、奨励会三段リーグ編入試験を受験。再び挑んだ夢にはまたしても届かなかったが、亡くなる約2週間前まで大会に出場し続け、盤上の真剣勝負に臨んだ。

 師匠の石田和雄九段(68)は「1日も長く生きてほしかったですが、彼は病気になっても明るく前向きに生きた。あんなふうに人は生きられるものかな、と教えられ、逆に彼の方が師匠のような気がします。最後まで最後まで将棋を愛し、将棋に生きた人生だったと思います」。同じ「八王子将棋クラブ」出身の同世代で、幼い頃から数え切れないほど天野さんと将棋を指してきたという村山慈明七段(31)は「子供の頃から切磋琢磨した仲です。とても残念ですが、闘病中の彼の姿には勇気をもらいました。アマチュア大会で活躍しただけでなく、普及も熱心に頑張っていた。素晴らしいことだと思います」と語った。

 また、日本将棋連盟会長の谷川浩司九段(53)ら多くの関係者から弔電が届き、八王子将棋クラブの先輩にあたる羽生善治四冠(45)は「この度、天野様の訃報に接し、なんと申し上げてよいのか、お慰めの言葉も見つかりません。ご家族様のご悲観はいかばかりかと存じますが、一日も早く心の痛みが癒えますよう、心よりお祈り致します」との言葉を寄せた。
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2015年10月30日

ファミリーイベント「ファミリーフェス in はちおうじ みんなのキャンバス」が、10月31日、JR八王子駅北口・南口で開催

 2015年10月31日(土)午前10時から午後4時まで、八王子ファミリーイベントファミリーフェス in はちおうじ みんなのキャンバス」が、JR八王子駅北口・南口で開催されます(^^)

 八王子駅前で、大掛かりなファミリーイベントは珍しいです。八王子駅周辺は、駅ビルがJR直営のセレオになってから親子連れが随分と増えました。そんな八王子にぴったりなイベントですね(^^)
 
 当日は、下記のほか、様々なイベントが目白押しなので、ぜひ親子でお越し下さい(^^)

おウマさんに乗ろう!ニンジンをあげよう!
【会場:南口サザンスカイタワー八王子北側仮設広場】
ふれあい動物園 うさぎやモルモットと遊ぼう♪
【会場:セレオ八王子北館 屋上】
おもちゃ広場&ワークショップ ようこそ空のくに!にじいろパレード
【会場:セレオ八王子北館2階 イベントスペース】
パパと子どもでダンボールランドをつくろう!!
【会場:JR八王子駅南口2階とちの木デッキ】

ファミリーフェス in はちおうじ みんなのキャンバス http://www.minnanocanvas.com/
ファミリーフェス in はちおうじ みんなのキャンバス.jpg

みんなのキャンバスとは
こどもも大人もみんなで楽しい1日に♪
地域とファミリーを“楽しい”で繋げたい! 楽しい子育てを応援したい!
そんな想いを持った地元ママ・パパたちと、子育てを応援する企業・大学のみなさんが駅前に集結する、八王子市のファミリーフェスを開催します。
こどもだけでなく、大人も、街も、みんなで楽しいフェスです。八王子で子育てをしていることが誇らしく、嬉しくなるような一日に。

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PS:※八王子のイベントに関するニュース
☆第25回アート・ムーチョ:2015年10月31日(土)・11月1日(日)
http://artmucho.net/art-mucho.html
☆大善寺お十夜:2015年11月1日(日)
http://www.townnews.co.jp/0305/2015/10/22/304773.html
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2015年10月29日

医療法人社団永生会が、4階建ての「八王子みなみ野病院」(八王子市みなみ野)を2016年6月着工へ

 医療法人社団永生会が、4階建ての「八王子みなみ野病院」(八王子市みなみ野)を2016年6月着工します。完成は2017年9月予定。

 永生会が、UR都市機構から、八王子市みなみ野の土地1万5000m2を取得する記事が2012年12月に出ていますから、病院の着工までに随分、時間がかかりました。

 地域の人々にとって大きな病院の開業は、安心に生活する上でも嬉しいことです(^^) 八王子みなみ野エリアは様々なインフラが整い、これまで以上に、より快適に生活できる環境になってきましたね(^^) 

医療法人社団永生会 https://www.eisei.or.jp/

医療法人社団永生会 八王子みなみ野病院
http://www.kensetsu-databank.co.jp/osirase/detail.php?id=31830
届出日:2015/09/15
件名:医療法人社団永生会 八王子みなみ野病院
地名地番:東京都八王子市みなみ野5-30-3
住居表示:東京都八王子市みなみ野5
主要用途:病院
構造:鉄筋コンクリート造耐震構造、階数(地上):4
延床面積(m2):9600、建築面積(m2):3300
敷地面積(m2) 15000.63
建築主:医療法人社団永生会
建築主住所:東京都八王子市椚田町583-15
着工:2016/06/01、完成:2017/09/30


【記事】
永生会に譲渡 八王子みなみ野Cの1・5f
(2012年12月7日 建通新聞)
http://www.kentsu.co.jp/webnews/html_top/121207500030.html

 UR都市機構首都圏ニュータウン本部は、八王子市の「八王子みなみ野シティ(南八王子地区)」にある施設用地1万5000平方bの譲り受け事業者を、病院や介護老人保健施設を運営する医療法人社団永生会(八王子市)に譲渡する。


【記事A】
八王子市 永生会が病院 施工は未定
(2015年10月22日 建通新聞)
http://www.kentsu.co.jp/webnews/html_top/151021500058.html

 【八王子】医療法人社団永生会(八王子市)は、八王子市みなみ野5丁目に病院を新設する。施工者は未定で、着工は2016年6月初旬を予定している。
 施設規模は鉄筋コンクリート造4階建て延べ9600平方b。


【記事B】2016/09/27追記
八王子市 みなみ野病院の施工者決まる
(2016年9月27日 建通新聞)
https://news.minkabu.jp/articles/urn:newsml:www.kentsu.co.jp:20160927:07db18743637920e9c404fe0b1f2fddb

 【八王子】医療法人社団永生会(八王子市)は、八王子みなみ野病院新築の施工者をフジタに決め、10月上旬に着工する。施設規模は鉄筋コンクリート造4階建て延べ9265平方b。病床数は205床。基礎は杭基礎を採用。完成予定は2017年12月末。建設地は八王子市みなみ野5ノ30ノ3(地番)の敷地1万5000平方b。設計は久米設計(江東区)が担当。
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