2017年02月10日

JR八王子駅北口の歩行者デッキを西側に延伸する計画は、2019年度完成へ。八王子東急スクエア2階にも接続

 JR八王子駅北口の歩行者デッキマルベリーブリッジ)を西側に延伸する計画は、2019年度に完成するそうです(^^)

 マルベリーブリッジ延伸で、途中の八王子東急スクエア2階に接続、そしてイベントなどに使われる遊歩道「西放射線ユーロード」入り口に下りられるようになります(^^)

 これで八王子駅北口の回遊性が格段に向上し、とても便利になりますが、ようやく出来るのかという気持ちです。

 昔、私が初めて八王子駅を降りて北口に出たときに、目の前の大型商業施設「八王子東急スクエア」にデッキが接続されていないことに衝撃を受けました。なんて不便な街づくりをしているのかと。

 特に八王子東急スクエアは、商業施設ばかりでなく公共施設も入っています。このような街づくりを行っている八王子市が、市民や市外から来た人に喜ばれるわけがありません。

 八王子駅周辺はポテンシャルが高く、遅まきながら再開発が続きます。ぜひ利便性が高く、誇れる街づくりを目指し、今後も頑張ってほしいですね(^^)


【記事@】
<多摩の予算案>八王子市 市制100周年事業に10億円
(2017年2月8日 東京新聞)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/list/201702/CK2017020802000158.html

「子どもに焦点を当てた施策が多い予算案」と説明する石森孝志市長=八王子市で
八王子市 市制100周年事業に10億円.jpg

 今年の市制施行百周年の記念事業として、九〜十月の「全国都市緑化はちおうじフェア」など約五十事業を行う費用として、当初予算案に計約十億円を計上した。

 百周年のメイン事業として富士森公園などで開く同フェアでは、会場設営や運営費などに七億九千八百四十九万円を計上。期間中、ガーデニング講習会や森のハイキングツアーなど多彩なイベントを行う。

 子育て支援では、妊娠期から小学校入学までの相談窓口となるコールセンターを十月に開設する予定。六百五十二万円を計上した。大横保健福祉センターで保健師などの資格を持つ二人以上が対応し、必要があれば別の施設に直接つなぐ。

 石森孝志市長は「次の百年の主役となる子どもたちが、将来に夢や希望を持てる街づくりを進めたい。子どもに焦点を当てた施策が多い予算案になった」と説明した。

 JR八王子駅北口の歩行者デッキを西側に延伸する計画では、二〇一六年度の実施設計に続き、準備工事を行う千百万円を計上。延伸でイベントなどに使われる遊歩道「西放射線ユーロード」入り口に下りられるようになり、途中にある商業施設「八王子東急スクエア」の二階とも接続できる。一九年度の完成を目指す。

 大型の施設整備などが一段落したが、子育てや高齢者などの福祉施策を拡充したことで、一般会計は過去最大だった一六年度に次ぐ規模となった。(村松権主麿)


【記事A】
八王子・マルベリーブリッジ、2019年に延伸 市が新年度予算案発表
(2017年2月8日 八王子経済新聞)
http://hachioji.keizai.biz/headline/2248/

2017年度予算案を発表する石森孝志八王子市長
2017年度予算案を発表する石森孝志八王子市長.jpg

 八王子市は2月7日、2017年度予算案にあわせて、JR八王子駅から伸びるペデストリアンデッキ「マルベリーブリッジ」の西放射線通り商店街(ユーロード)通り側への延伸に向け、工事に着手することを発表した。

 予算案は石森孝志八王子市長が定例記者会見で発表。予算規模は一般会計が昨年に続き過去2番目となる1,971億円、予算総額は4,080億円となった。

 マルベリーブリッジについては、八王子駅前のショッピングセンター「八王子東急スクエア」(八王子市旭町)に接続し、三井住友銀行八王子支店(旭町)周辺にエスカレーターやエレベーターなどを整備することを目指して実施設計を進めており、今年9月〜10月にかけて行われる「全国都市緑化はちおうじフェア」の終了後、準備工事を始めることにしたという。竣工は2019年度中を予定。

 ほかにも中心市街地については、ユーロード周辺のにぎわい創出に向けて横山町公園や中町公園など沿道の公園を一体整備するほか、「全国都市緑化はちおうじフェア」の開催に合わせて路地や軒先など小さなスペースを緑化する「界わい緑化」も推進する。

 石森市長は「市政100周年を迎え、これからの100年に向けたまちづくりを続けていくことが大事。子どもたちが夢と希望を持てるまちづくりをしたい」と意気込む。

2017年02月08日

6月オープンの「イーアス八王子高尾」が2月13日、京王プラザホテル八王子で、合同面接会を開催

 以前ブログで【(仮称)八王子高尾ショッピングセンターの名称は、「イーアス八王子高尾」に。求人募集も一部はじまる】を紹介しました。
http://welovehachioji.seesaa.net/article/444322662.html

 2017年6月オープンの(仮称)八王子高尾ショッピングセンター(=イーアス八王子高尾)が、2月13日京王プラザホテル八王子で、合同面接会を開催します(^^) 

 まだ20社ほどの求人情報ですが、入居テナントが徐々に明らかになってきました。イーアス八王子高尾は、百数十店舗が入居するので、今後も求人情報が出てきます。

 興味のある方は、ぜひ下記の求人サイトをご参照ください(^^) オープンが楽しみですね(^^)

(仮称)八王子高尾ショッピングセンター求人サイト
http://job-gear.net/takaosc/
八王子高尾ショッピングセンター求人サイト.jpg

求人一覧
「美容室イレブンカット」「スーパースポーツゼビオ」「hair&make Birthday(ヘア&メイク バースデイ)」「キラット」「イーストボーイ」「アイテレコム株式会社」「SM2 keittio」「サンクゼール」「Francfranc」「recrea(レクリエ)」「株式会社ドゥミルアン」「NICOPA&nico ground」「果汁工房果琳」「チュチュアンナ」「Zoff(ゾフ)」「CLUB ANTIQUE(クラブアンティーク)」「スタジオ・アン」「株式会社タオル美術館」「株式会社コスモネット」「アスビーキッズ」

※その他の求人サイトで判明してるショップ
「SHOO・LA・RUE(シューラルー)」「Green Parks(グリーンパークス)」「セイハ英語学院」「サーティワンアイスクリーム」「JACK IN THE DONUTS(ジャック イン ザ ドーナッツ)」「AMERICAN HOLIC(アメリカン ホリック)」「八王子高尾ショッピングセンター歯科(仮称)」など。
posted by 銀河流星 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ニューオープン情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月03日

2月5日(日)午後3時から日本テレビで、八王子市出身の偉人「肥沼信次(こえぬま のぶつぐ)」博士の足跡を辿る番組放映

 以前ブログで【八王子市出身の肥沼信次医師が縁で、八王子市とドイツ・ウリーツェン市が海外友好交流都市の協定締結へ】を紹介しました。
http://welovehachioji.seesaa.net/article/443260434.html

 2017年2月5日(日)午後3時から日本テレビで、八王子市出身の偉人「肥沼信次」博士の足跡を辿る番組が放映されます。皆さん、ぜひお見逃しなく(^^)

日本テレビ http://www.ytv.co.jp/germany/
ドイツが愛した日本人
〜佐々木蔵之介が巡る、ある日本人医師の物語〜
放送日時2月5日(日)午後3時〜4時25分

【記事】
2月5日(日)午後3時から日本テレビで肥沼信次博士の足跡を辿る番組が放映されます
(2017年2月1日 八王子市)
http://www.city.hachioji.tokyo.jp/kurashi/shimin/004/003/001/p020785.html

タイトル「ドイツが愛した日本人〜佐々木蔵之介が巡る、ある医師の物語〜」

 本市は、平成29年に市制100周年の節目を迎えるにあたり、肥沼信次博士(※)ゆかりのドイツ・ヴリーツェン市を新たな海外友好交流都市候補に選定し、友好交流協定の締結に向けて準備を進めています。
この度、ドイツにおける肥沼博士の足跡を、俳優の佐々木蔵之介さんが辿るテレビ番組が放映されることになりました。
 日本を遠く離れ、時代に翻弄されながらドイツ人の命を救い続けた肥沼博士を功績が紹介されます。
ぜひご覧ください。

あらすじ
 佐々木蔵之介がドイツを巡り、ある日本人医師の感動の物語を追いかける。第2次世界大戦直後、凄惨を極めるドイツで、自らの命をかけ、悪魔の伝染病から、多くの人々を救った肥沼信次医師。ノーベル賞学者と肩を並べるほどの肥沼氏が、一転、壮絶な医療現場へ。
 命をかけた診療は、後世に語り継がれ、その絆は東日本大震災へとつながる。知られざる日本人の偉業に佐々木蔵之介が迫る!!

放映日
平成29年2月5日(日)午後3時から4時25分まで
(日本テレビ・読売テレビ系列)

ロケ地
ベルリン、ヴリーツェン市内

※肥沼信次博士とは
肥沼信次博士.png

肥沼信次博士【1908年(明治41年)10月9日生まれ】
 八王子市中町出身の医師・肥沼信次博士は日本医科大学を卒業後、東京帝国大学放射線医学教室に入局。1937年(昭和12年)にドイツに渡り、ベルリン大学放射線医学研究所に入所した後、東洋人として初の正教授資格を取得しました。
 第2次世界大戦終戦直後の1945年(昭和20年)9月、当時発疹チフスの蔓延していたヴリーツェン市の伝染病医療センターに唯一の医師として着任し、半年間にわたる献身的な治療により、多くのドイツ人の命を救いました。
 しかし、昼夜を問わない激務の末、自身も発疹チフスを発症し、1946年(昭和21年)3月8日、37歳の若さでこの世を去りました。
posted by 銀河流星 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 八王子ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする